第13回 磯子カンツリークラブ

 

 

レディスにもてる理由

首都圏のゴルフ場で、女性ゴルファーそれもゴルフのキャリア5~10年、富裕層のレディスゴルファーに、今一番人気のあるゴルフ場はどこか、知っていますか。

難ホール17番の厳しいグリーンまわり

あるエピソードから紹介しよう。

4年前小金井カントリー倶楽部が、初めてクラブハウスを改築した。以前のクラブハウスは、英国風の外観は美しかったが、会員400名のクラブだ。諸施設が狭い。特に女性施設は狭いだけでなく、お粗末。女性はメンバーになれない男性だけの倶楽部だから、当然の話ということか。お風呂は、家族風呂並み2人で満員、脱衣場で順番待ち、ロッカーも2人で共同使用といわれていた。(但し筆者は男性だ。女性施設を覗いたことはないから、真偽の程は保証できない)

新しい城館風のクラブハウスとなり、女性施設は大拡充、風呂場も大幅に広くなり、セパレートされた洗い場が8セット並び、シャワーも個室型が8個

平日に出かけると、2階のメンバーラウンジには、女性の姿を多く見かけるようになった。そんなある日、若い河村支配人(当時)が、取材中の筆者に「これからは、平日は女性ゴルフアーに沢山来て貰います。小金井CCは都心から近い。1ラウンドしても、悠々とご自宅に5時までには帰れます。女性人気の磯子CCを追い抜くつもりでやります」と語ったことがある。

つまり女性ゴルフアーに一番人気のゴルフ場は、横浜市の磯子カンツリークラブである。人気の理由はいくつもある。

小金井CCの支配人も語っていたように、小金井CCも磯子CCも都心から近い。磯子CCは、横浜市磯子区洋光台、住宅街のど真ん中だ。JR根岸線洋光台駅からタクシーで5分。車なら横浜横須賀道路港南台インターから1キロ。東京ICから40分だが、首都高速湾岸線を利用すると川崎浮島CTから乗って25分、杉田出口で降りる。10時までにスタートすれば、東京23区、横浜、川崎市内なら午後5時に確実に自宅に帰れる。旦那の帰宅に遅れをとることはない、というわけだ。これが奥様族にとっては、魅力の第一かも知れない。

ゴルフ歴5~10年の富裕層が多いのはなぜか。キャリアのある女性ゴルフファーは、平坦でバンカーもハザードも少なく、いいスコアが出る。それだけのコースでは満足しない。その意味で、磯子CCのコースは、自然がたっぷり、景色も美しいし、ドラスティックな攻めの変化もある。上手なゴルファーほど、堪能のレベルが高く味わえるコースだ。

とはいえ女性だ。7000ヤードの長さは必要ない。ここは、レギュラーティから6334ヤード、レディスティ5800ヤードと選びやすくなっている。

富裕層の上級レディスは、クラブハウス内、食堂内での雰囲気を選ぶ。コースが良ければいいでは採点が高くならない。サービスの質は勿論、そこに集ったゴルファーたちのもつ雰囲気も気にするものだ。

筆者はいつか、磯子CCのサービスを評して、「間接照明のサービス」と書いたことがある。高級ホテルなど高級な洋間には、直接照明はない。間接照明が柔らかい明るさで空間を満たしている。雰囲気が優雅になるのだ。サービスの質にも似たことがいえる。ウエートレスの姿はいつも控えめで目につかない。しかし客の気配を察して、必要な時はすぐ傍に来ている。小走りにならず声高にならず、そういう雰囲気のクラブハウスを、上級レディスは、本能的に選びとるのだ。レディスに限らないが。

付け加えれば、磯子CCの自社特製シュウマイは、デパ地下で人気を取るほど美味しい。食事も中国料理に人気が集る。

2番グリーンの向こうに3番フェアウェイ

大都市の真ん中に山コースの魅力

「磯子CCの魅力は、200万都市の真ん中に、山コースの魅力を持った広大な緑地帯として展開していることです」

人気設計家、加藤俊輔氏の言葉である。

今は東京都心まで30分から40分だが、昭和30年頃まで、現在地磯子区栗木は、鉄道も届かぬ僻村だった。京浜東北線は、戦争のため桜木町でストップ、京浜急行も杉田止まり。

昭和26年横浜市が根岸湾150万坪の埋立てに動く。山を削って工業団地、第二横浜港を造成。削った跡地に宅地造成する大事業だ。地元磯子の千代田組(鈴木藤二社長)も工事参加した。この経験が、ゴルフ場建設への進出のきっかけとなった。

千代田組経営の鈴木家は当初、磯子区田中の所有地にパブリックコースとして計画されたが、面積不足で断念、現在地に会員制クラブとして発足したという経緯がある。

昭和32年6月25日ゴルフ場経営の横浜観光土地(株)設立。当時の設計者は、横浜市役所造園技師舘黎児。戦前宮内省内匠寮技手となり、新宿御苑や皇居吹上御苑のコースを管理、戦後は、柏GC(消滅)呉羽GCを設計した人物だ。

昭和34年8月15日9ホール仮開場。昭和35年5月15日18ホール、6305ヤード・パー72が正式開場する。すぐ近くに屏風ヶ浦という岩壁美の景勝地があるような土地柄だ。岩盤に悩まされた難工事続きで、最新の土木機械を使いながら突兀とした起伏の多いコースになった。

開場したその年から、『磯子の二十年』が「大胆な成型手術」と書き残しているような大改造が毎年続けられる。近くのブリヂストンスポーツ戸塚工場に勤めていた三好徳行氏(日本アマ3連勝。設計コース多数)も、顧問として助言している。

しかし磯子コースの顔形を変えてしまったのは、21年間続いた大久保昌氏による改造だろう。ひたすらコースの平坦化、設計デザインの近代化に努め、1番から18番まで、創業時の原型を全くとどめていないほど改造された。大久保昌氏は謙遜して

「機械力不足で舘黎児設計がやりのこしたことを補い、ラウンドしやすいコースにしているだけ」と語っている。

美しくも、攻め甲斐のあるコース

現在の磯子コースのうち、もっともドラスティックなホールは、15番(475ヤード・パー5)だろう。他コースにない構図で造られたパー5だ。230ヤード飛ばすとボールは、約5メートル下まで凹(へこ)んだフェアウエイに落ちる。そこから打つ第2打は落下点でやや上り坂にかかる。そして第3打は高い台上のグリーンを狙うことになる。つまりフェアウエイは、第1打が落下する地点(飛ばす人の場合)と第3打地点の間で、約5メートル低く落ち込んだ凹型になっているのだ。いつまでも記憶に残るホールだ。意外にスコアはまとまるから緊張しないで。

本物の難ホールは、17番(537ヤード・パー5)である。フェアウエイは、ティとグリーンの中間点で大きく波打っている。波の高さはグリーンの高さとほぼ同じだ。第2打のボールを、この波の頂点まで運ばないと、殆んど3オンは無理である。第1打の落下点が狭いのとグリーンまわりがきびしいのも要注意である。

スコアが分かれるのは、5番(455ヤード・パー4)である。飛ばし屋有利なホールだ。飛ぶ人は大きく打つ。フェアウエイは広い。やや左足下りになるが、第2打でオングリーンのチャンスがある。飛ばない人は少なくとも打ち上げたフェアウエイを横切る道路を越えないと、第3打のオングリーンも危なくなる。見えないグリーン面を狙うことになるからだ。

ゲームプランの良し悪しで左右されるのが3番(514ヤード・パー5)第1打は打ち上げ。第2打は右ドッグレッグをどう超えるかがカギ。第1打の左側にバンカーがあるが、これを逃げすぎて、右の山側へ打つと、第2打で林(山)越えが難しくなり、4オンとなる。第1打は第2打の曲り角を考えてのゲームプランの勝負だ。うまく越えると第3打は100ヤード以下になる。

8番(332ヤード・パー4)は、バンカーが多い展開。しかし第1打は広いし、全体は平坦、距離も短い。バンカーの“数”にこだわらずリラックスして、パーセーブしたい。

スタートの1番(348ヤード・パー4)と10番(344ヤード・パー4)は、是非パーをとっておきたい。ともに難しくはない。10番は右グリーン前に池があるが、左グリーンは楽に2オン狙い。

1番ホールはより易しい。ティからグリーンまでひたすら緩く下り続けるフェアウエイが、直線で伸びている。ミスしなければ2オンは楽である。ハンディ18の筆者は、第2打7番ウッドでイーグルを取った経験がある。このホールは、4月になると両サイドに桜の立木が美しい花屏風を楽しませてくれる。

2番(400ヤード・パー4)は、美しくも戦い甲斐のあるホールだ。春になると、小川の上に右の山側からかぶさるように桜の枝々が伸び、美しい景色となる。植樹ではなく自生した山桜の大木である。攻めるのも妙。第1打は右へ飛ばしすぎると小川が危険。左ラインを真っ直ぐに、第3打でグリーン前の池越え、ピンが右の時は、第2打で大きく右山裾側へ打つか。花道はそちらへ開いているので、ピンポジションによっては、その攻め方が効果的なこともある。

なお、磯子CCは、8年前千葉県のキングフィールズゴルフクラブを買収している。

所在地  横浜市磯子区洋光台6‐43‐24

開 場  昭和35年5月15日
コース  18ホール、6624ヤード・パー72
コースレート  70.2
設 計  大久保 昌
コースレコード 星野 英章(アマ)