第35回 東京よみうりカントリークラブの魅力
一番人気は、18番・パー3
東京よみうりCCの最終18番ホールは、パー3・224ヤードである。著名で一流と目されているコースで、パー3で18ホールを終わる例はそんなにはない。殆んど珍しい。武蔵CC豊岡コースに、187ヤード・パー3で上る例があるが、18番ホールではなく、9番ホールだ。それなら許せる、という言葉が出そうになるが、許せるどころか、東京よみうりCCでは、パー3の18番ホールが、一番の人気ホールである。なぜそうなったか。
昭和37年11月1日、クラブハウスなしで仮開場したときの東京よみうりCCは、現在の12番ティグラウンド横の高台にクラブハウスを置く計画で、現12番を1番ホールとしてスタート、2番(現13番) 3番(14番) 4番(15番) 5番(16番) 6番(17番) 7番(18番) 8番(10番) と回り、9番(現11番パー5)へ戻るルーティングだった。インコースは、現在の打ち下し3番ホールを1番スタートとして、現在の4、5、6、7、8、9、1、2番(パー3)へ戻るルーティングだった。問題の<18番・パー3>は、7番ホールとして温和しく納まっていたのである。
(因みに、この間クラブハウスは、それより1年前に開業していた読売パブリックコースとの間をバスでつないで、借用していたのである。)
結局クラブハウスは、規模が大きくなり12番ティ横の予定地ではなく、7番(現18番)パー3グリーンの上の丘に移転、建築された。その結果、ルーティングは再び変更されて、現在のインコースと同じ顔ぶれの9ホールがアウトコース、現在のアウト9ホールがインコースとなった。ところが昭和39年以来、国際競技を開催するようになって、新しい18番ホール(現9番ホール)では、グリーン周辺のギャラリースペースが狭すぎて収容しきれない。そこで競技期間に限ってインとアウトを入れ換え利用した。数年それを続けるうちに、臨時に入れ換えた筈のイン、アウトが常態化してしまった。
そのような事情といきさつで現在の東京よみうりコースの18番ホールが、224ヤードのパー3になったのである。
東京よみうりCCの中の“小劇場”
パー3の18番ホール。それは必ずしも変則ではないが少なくとも常識的ではない。しかし数年後18番パー3は、東京よみうりCCの人気スポットになっていた。グリーンの背後にはクラブハウスまでの広い斜面が上へ広がっていて、自然の観客席になっている。1000人近くはOKだ。競技が始まると、そこはまるで小劇場になる。224ヤードの距離も大変だが、グリーン上はもっと大変。ホールアウトするまで、誰が勝つか勝負は決っていない。そんな微妙なプレーが、次々と展開されるのだ。
グリーンは、奥行25メートル、幅18メートル、約520平方メートルの面積だ。600平方メートルが標準の今となれば、小さ目である。右ラフは約2メートル下りそこにはバンカーが構えている。グリーンの入り口は殆んど平ら、左側に浅いバンカーがある。大きくはない。
グリーンは、奥から手前へ7%(100m分の7m)の斜面、刈り高3ミリの高速グリーンだ。かなりのスピードでころがる。「ピンの上や横につけたら、パーセーブどころか、ボギー覚悟で‥」とコースの専属プロは語っていた。ワールド・レディスでは、グリーンを外したトップ女子プロが、3ストロークを落として泣いたそうだ。
毎回、胸をうつようなドラマが生れる。だから18番パー3のスタンドは、スコア上位陣が近づくと見るみる満員になる。
最も劇的だったのは昭和41年のカナダカップ国際大会だった。
昭和32年10月、霞ヶ関CC東コースで行われたカナダ杯国際競技で、日本チームは優勝、個人も中村寅吉プロが優勝した。日本の戦後のゴルフブームは、この優勝が刺激になったといわれている。その開催で最も貢献した日本人が、東京よみうりCCを造った正力松太郎(読売新聞社主)であった。彼としては、日本で開催する2回目のカナダ杯は、自分が造ったゴルフ場で開催するのが、年来の念願だった。
その日その時が来た。然も、日本代表の杉本英世プロは、最終日17番ホールまで、ヌードソン(カナダ)を1ストロークリードしてトップだった。
ところが、18番パー3で、グリーンを外して右バンカーに入れる。寄らず入らずボギー、追いつかれてしまった。そしてプレーオフの2番(190ヤード・パー3)でパー、ヌードソンのバーディの前に個人優勝を逃したのである。
この敗北を一番残念がったのは、自分のゴルフ場で自社専属プロが名誉あるカナダ杯優勝を勝利寸前で逃すという悲しいドラマを見せられた正力松太郎だったのではなかったか。
読売国際オープンもワールド・レディスも東京よみうりCCを後にした。しかし毎年プロ日本一を争うゴルフ日本シリーズは健在だ。毎年、優勝を争う1打は、18番パー3の最後のパッティングで決まる。ギャラリーは、争って18番グリーンまわりの斜面に場所どりする。
テレビ画面も18番・パー3の動きは、ひと際熱心に放映する。
遂には、「18番・パー3だけでいいからプレーさせて欲しい」というファンまで現れたそうだ。
所在地 東京都稲城市坂浜685
TEL 044(966)8800
コース 18ホール・7024ヤード・パー72
設計者 井上 誠一
開場日 昭和39年4月19日
コースレート ベント72.7 高麗70.9
コースレコード <プロ>
(男)チップ・ベック 62
(女)肥後かおり 65