第53回 カレドニアン・ゴルフクラブ

 

 

フェアプレーの精神で設計されたコース

カレドニアン・ゴルフクラブ 大池から18番グリーンと汀のバンカー、クラブハウス。手前は、13番の汀のバンカー

  「つまり、プレーヤーを必要以上に困らせたり、難度の高いショットを連続して要求していず、リーズナブル(理にか適った)で、フェアに思えました。
 フェア・プレーの精神はプレーする側の問題だけでなく、コース設計の側にも必要不可欠なものと考えます」(平成3年3月、カレドニアン・ゴルフクラブ、『TAM ART QUAM MARTE』・ラテン語で、力と同様に技もの意)
 この文章は、日本アマチュア選手権に3連覇を含む6勝の伝説的名手中部銀次郎氏が語ったカレドニアン・ゴルフクラブ印象記の一端である。
 当時中部氏は、何回もカレドニアンをプレーしていたようで、食堂で、コースで、度々その姿を見かけたものだ。コース設計家でゴルフ著述家の金田武明氏もよく見かけた。言葉を換えれば、ゴルフ理解の深い“精読者”たちが多く訪れていたのは、カレドニアンのコースが、日本ゴルフ界に、多くの新しい提案をしていたからだろう。
 
各ホールが個性的な表情

 カレドニアン・ゴルフの18ホールは、一つとして同じ顔をしたホールがない。いや、同じ形態のグリーンもない。たとえば…
 2番ホール(555ヤード・パー5)のグリーンは、前後85ヤード(70メートル)のタテ長で、しかも4段のフラット(平面)からできている。ピンが4段目に立っている時、手前の1番目、2番目のフラットにオンしても、実質的にオングリーンとはいえないだろう。このホールのグリーン狙いは、2オンから3オン、150ヤード以上のショットとなる。アプローチというより第二のティショットと覚悟する必要がある。グリーン上では別のプレー、頭のゴルフが始まるのだ。落下したボールは、グリーン面の柔かさ、傾斜、芝目の方向、球の重さ、スピン量によってころがりが違う。それらを慎重に読みながら第二のティショットを放つのである。必要な戦略は、距離読みだけではない。
 その上に2番ホールでは、70メートル先のタテ長グリーンのピンを狙うという精度の高い戦略が求められる。そして次は3番グリーンだ。
 3番ホール(190ヤード・パー3)では、グリーンの形は、ガラリ大転回する。ここのグリーンは、軽い打下しとなる谷隘のスペースに、左から右へ奥行きの浅い横長グリーンが、大きなバンカーの先に横たわっている。グリーンの奥行は浅い。左から右へ横に長く、やや右傾斜である。筆者の経験では、右奥のピンを狙ってグリーンに落ちたボールが奥の斜面までバウンドした。
 2番の長大なタテ長グリーンから、横に長大な3番グリーンへ、急転回についていけないプレーヤーの感覚のうろたえを狙った設計上の戦略だろうか。

ジョージアからスコットランドへ

 カレドニアンには、同じ個性のホールは一ひとつもない。たとえば…。
 「カレドニアン」とは、ゴルフの故郷スコットランドの古い名称である。ゴルフコースは、スコットランドの海岸線と耕作地を繋ぐ(リンクする)リンクスランドから生まれた。それもミュアフィールドからセントアンドリユスまでは平らだが、アバディーン以北になると海岸線の小砂丘群が延々と連なっていて、ゴルフ場も変化が大きく且つ多くなる。
 カレドニアンの16番(343ヤード・パー4)は、そんな北部スコットランドの、例を挙れば、クルーデンベイGCなど小砂丘累々のリンクスを思い出させる設計である。フェアウェイもラフも、スルーザ・グリーンいっぱいに小砂丘、マウンド、うねりが折り重なっていて、球の落し所を探すのが大変。そういう構成のホールだ。グリーンは310ヤード先の左隅に小さい。前に小さなエプロン(花道)があるが狙うには遠い。筆者はいつもグリーンの右下の平地に2打で運び、3オンを狙う作戦だったが如何に?
 荒ぶるリンクススタイルの16番に比べ、15番(498ヤード・パー5)は、一転して抒情的な雰囲気のホールだ。特に残る100ヤードの景色は、山武杉の屏風に囲まれたタテ長のグリーンを正面から右へ渓川がぐるり。その岸辺をアザリア(つつじ)の花が彩どる。日本的でさえある。と思っていたら、同伴プレー中の山本増二郎氏(元日本プロ協会会長)が、
「これはまるでオーガスターの13番パー5だ。後にバンカーにつくればそっくりだ」
と歓声を挙げ、コース設計もする山本氏は早速コースの素描を始めた。そんな経緯がある。
戦略的だが何よりも風景画のように美しい15番から山武杉の小さな峠を超えると、そこはがらりと変わり、全景がリンクスランドの16番ホールだ。この急転回を設計者は、設計のリズムという。各ホールが次々に個性的な顔をもって続くという意味だ。
早川治良社長は、「名物ホールは何番ですか、と聞かれるのが一番困ります。すべてが名物ホールだと思っています」と嬉しそうに語っている。

J・M・ポーレットとは誰か。

 カレドニアGC誕生には、コース造りをめぐって夜を徹して議論する夜も珍しくなかったという二人のキーマンがいた。設計者のJ・マイケル・ポーレットと経営者の早川治良である。
 J・M・ポーレットは、1943年米国ペンシルバニア州生れ。ウエスレイアン大学、アイオワ州立大で、自然科学、林学、地形学、都市計画、造園学と多角的な知識を収める。1970年陸軍士官としてタイのバンコク駐在中、現地にナバタニーGC建設中のトレント・ジョーンズ・ジュニアと知り合い、そのアジア事務所長となる。後に独立、ブラット・ベンツと組み、日本で最初に知られたのはベンツ&ポーレット社としてだった。その後マイケルポーレット・デザイン主宰。米国東海岸を中心に200コース以上、日本では、富里GC、カレドニアンGCの他、キングフィールズ、プレステージ、グレン・オークスなど14コースを設計している。(佐藤昌『世界のゴルフコース発達史』による)
 ポーレットは語っている。「立派なコースとは、“母なる自然”によって創造され、人はただこれを“発見する”だけである」 コース設計の極意、美学である。
 「これこそカレドニアンにあてはまる言葉です」とポーレットは語っている。
 もう一人の先覚者早川治良は、カレドニアンGCに着手する前に皆川城CC、オークヒルズCCの開発に関係、20年の体験があった。そのキャリアを絶って東京グリーンを設立したのは、“世界の名コースの中に指折り数えられるコースをつくる”目的だった。
 
やはり、名物ホールは13、18番ホール
 

カレドニアン・ゴルフクラブ 13番ホール グリーンと汀のバンカー

カレドニアン・ゴルフクラブ 13番ホール グリーンと汀のバンカー

早川社長の言葉はあるが、強いて挙げれば、名物ホールは13番ホールと18番ホール、クラブハウス前の大池を挟んで対峙する2ホールである。大池は、バンカーの白砂をそのまま池の底まで沈め、対岸まで延長してみせた新しい水際設計、新しい水面、汀のバンカーの登場として、日本ゴルフ界の注目を集めた。
さらにこの2ホールは、第1打を水面越えに斜めに放つ、ポーレットの設計理論「ゴルフは角度と距離のゲーム」の原理をズバリ具現化していて印象的、特に留意したい。
13番ホール(406ヤード・パー4)は、打下ろし、フェアウェイは右側に大池を抱きながら約200ヤードで直角に右折する。池の上を約250ヤード飛ばせば高く掲げたグリーンまでの残るは100ヤードだ。危険も収穫も大きい“勇者の道”だ。安全を辿るコースは、第1打を真っすぐ200ヤード弱、そこから右折、206ヤードという計算だが、高く奥行の浅いグリーンへ2オンは無理。3オン狙いとなる。右側には汀のバンカーが這う。さてどのルートを選ぶか。
18番(545ヤード・パー5)は、“角度と距離”の戦略的緊張を2度楽しめる。このホールは、グリーン際の大池の他に、もう一つティグランド前に約200ヤード越えの中池を抱えている。二つの池は小高い丘列に区切られていて、ティからグリーンは見えない。攻め方は二つ。距離の出る勇者の攻めは、第1打は中池の上を右斜めに飛越し、第2打でグリーンを狙う。安全ラインを攻める人は、第1打は、中池の左のフェアウェイを直進、そこから右折、第2打でグリーンの花道を正面に見る地点まで運び、3オン狙いだ。第3打は慎重に、スコットランドの先人たちが、セントアンドリュウス・オールドの17番ホールの第3打で重用したという“オールドコース・ランナップ・ショット”を試みたい場面である。
13番も18番も、グリーンの変化が大きい。「グリーンの形は、周囲の自然に習う」というポーレットの持論に従えば、恐らくポーレットの想像力の中では、この大池は大海に見立てられていたのであろう。オン・グリーン後始まるもう一つのゲームも並大抵ではない。

2000年(平成12年)日本プロ選手権競技 6910ヤード・パー71
会場 カレドニアンGC、18H・6910Y・P71
優勝 佐藤信人 68 71 69 72 -4 280
所在地  千葉県山武郡横芝光町長倉1658
コース規模  18ホール・7021ヤード・パー72
          コースレート73.4
設計 J・マイケル・ポーレット
開場 平成2年10月7日
コースレコード  (アマ) 木村 友栄 69
           (プロ) 尾崎 將司 64