第26回 宝塚ゴルフ倶楽部

宝塚ゴルフ倶楽部 旧コース18番ホール

宝塚ゴルフ倶楽部 旧コース18番ホール

 

 

宝塚ゴルフ倶楽部は、関西地区屈指の名門である。筆者は嘗て「それも神戸ゴルフ倶楽部はもとより廣野とも茨木とも違う色合いの名門である」と書き、更に「その他の名門とは違った意味で、見栄えのする名門である」と念を押して書いたことがある。理由がある。
 83年前、宝塚GCは、大阪・茨木CCが入会金500円で会員を集めているとき、「ゴルフは富裕階級だけのものではなく、誰もが楽しめる倶楽部」をめざして、僅か30円で会員を募集して出発した倶楽部である。さらにおかしいのは、それを提唱したのが、茨木CCの創立功労者広岡久右衛門たったことだ。大衆化をめざしながら高級感のある名門として歩いてきたこの微妙は、そこから生れているのだろう。
 もう一人の恩人がいる。阪急電鉄創業者小林一三である。「阪急沿線につくるなら、そこらのゴルフ場に負けないコースをつくれ」と、自分がメンバーでもない、阪急系でもないのに、土地を貸したり、資金援助までして宝塚GCの創生期をバックアップしている。
 小林一三が登場してから宝塚~大阪間は、鉄道網の整備、大正3年の少女歌劇創設、宝塚大劇場、宝塚ホテル、ダンスホールの宝塚会館など新しい祝祭的街空間、そしてミッション系学園、高級な住宅街が発展、新しいライフスタイルをもった街空間が連なるように広まった。人呼んで阪神間モダニズムである。その中の一つ宝塚ホテルが宝塚南口駅前に登場したのは大正15年8月14日。8月には、5階に、囲碁、将棋、撞球から庭球、射的などの施設を揃えた社交倶楽部の宝塚倶楽部が誕生、その一つゴルフ部が宝塚ゴルフ倶楽部の始まりである。10月4日には、すぐ近く逆瀬川上流高台のみかん畑甘香園に3ホール(350Y、80Y、400Y)を造成、日本のプロ第1号福井覚治が設計したコースだったが忽ち満員。翌昭和2年10月6ホール(設計・福井覚治)に拡張するが、これも大混雑で、途中で広岡久右衛門設計の9ホール・2678ヤード・パー34に延長。翌年4月には、社交倶楽部「宝塚倶楽部」ゴルフ部と訣別、宝塚カンツリー倶楽部と改称、新しくスタートする。翌昭和4年9月22日、阪急今津線付近仁川の岸まで拡げた広岡久右衛門設計による9ホール・3025ヤード・パー35に再改造、11月から婦人会員制を実施して注目された。
 待望の18ホールズが開場するのは、昭和5年10月5日。18ホール・6102ヤード・パー70。設計・広岡久右衛門だった。この18ホールは、折から朝霞、廣野の設計で来日中のH・Cアリソンが視察、助言しており、それに従って改良したとしているが、改造箇所は、具体的には分からない。因みに関西地区では、茨木CCに次ぐ2番目の18ホールだった。
 戦時中海軍、戦後は米軍に接収されていたコースは、昭和22年アウトの9ホールを復旧、大谷光明設計の18ホール・6393ヤード・パー70で復活するのは米軍管轄下の昭和22年5月、18ホールを含む全施設が返還されたのは、講和条約発効後の昭和26年12月1日まで待たねばならなかった。
 昭和28年10月5~7日初めての日本オープン選手権開催。優勝孫 士均(小野光一)スコア291(パー280)
 昭和34年11月10日、新コース18ホール・6665ヤード・パー72の新コースが完成。設計大橋剛吉(宮崎県のフェニックスCC設計)、服部 彰。西日本初の36ホールだった。

旧コースは短い、しかし難しい。

宝塚ゴルフ倶楽部 旧コース

宝塚ゴルフ倶楽部 旧コース2番ホール

 宝塚GCの36ホールは、広くて長い傾斜地の上にひろがっている。したがって地形のもつ自然ながらのスロープが、コースの戦略性、個性ということになる。特に旧コースは、一見したところ平坦に見えるスロープに展開しているので自然のかたち、変幻、そこから生れる錯視、錯覚みたいなものに、どこまで用心深く、読み違えないようにするかがカギになる。距離はないから、パワーや勇ましすぎる決断は要らない。しかしだからこそ逆に、そこがおもしろくも難しいのである。
宝塚GCへ行く。「新と旧どちらを回りましょうか。」と尋ねると、3人のうち2人は、「それは旧コースですよ」というのは、その辺の気配のおもしろさをいうのである。
 新コースは、旧コースよりは長いには違いないが、際立って長いわけではない。
 旧コースは、長くて広いスロープの中で、9ホールのうち4ホールは打下し、第2打も打下し、残り4ホールは打上げ、打上げとつづく、間にフラットなパー3を置くというルーティングを覚悟しておけばいい。(勿論、そのバリエーションはあり得る)、アウトがそうならインはその逆、始めの4ホールは打上げ、打ち上げ、残りの4ホールは打ち下し、打ち下し、間に水平なパー3を挟む。そういうルーティングを頭の中で予想する。
 問題は、打ち下し、打ち下しと続いたあとに起りやすい錯視だ。その先のグリーンが水平に置かれていても、打ち下し、打ち下しの先だと、受けグリーンに見えやすくないか。打ち上げ、打ち上げと続いた先の水平なグリーンは、アウェイに見えやすくないか。
 旧コースのおもしろさは、そういう意識下のこだわりとの確執を楽しむ余裕を持ち合わせているかどうかだろう。

宝塚GC人気の理由

 最近の相場表では少し違うようだが、一時期この倶楽部の相場値が、関西圏の最高値を続けていたことがある。奈良国際とトップ争いをしていたりした。確かに高級コースである。しかし高級感だけが高値の理由だろうか。
 筆者は、別の見方をしている。
 宝塚GCは、クラブライフの新しいスタイル、新しいモデルを創り出している倶楽部として、もっと記憶されてよいだろう。宝塚GCは、嘗ての田中ローズ、泉谷珠子、清元登子を生み出したように、アスリートレディスゴルファーが多い。女性会員150名、公式レディス倶楽部競技が月に数回もあるクラブは、そんなにはない。女子倶楽部選手権、女子理事長杯を行っているクラブはもっと少ない。それもここでは、男子と同じくマッチプレーでやっていた。レディスだけではない。グランドシニアのためには、ハーフ(9ホール)だけ回る準倶楽部競技もつくられている。
 いいクラブライフとはなにか。メンバーが楽しみたいように楽しむ扉をいくつも用意しておくことではないか。広岡久右衛門氏が残した「みんなが楽しむ倶楽部」の精神とはそういうことだ。そういえば15年前、阪神淡路大震災で、自らコース、ハウスに大被害を蒙りながら、どこよりも早く被災市民に大浴場を開放し、生活給水に奔命したのも、宝塚ゴルフ倶楽部だった。

所在地 兵庫県宝塚市蔵人字深谷1391-1
開場日 大正15年8月7日
コース (旧)18ホール・6192ヤード・パー70
 (新)18ホール・6665ヤード・パー72
設計 (旧)福井覚治、広岡久右衛門
 (新)大橋剛吉、服部 彰
コースレート (旧)70.1  (新)72.3
コースレコード
  旧(プロ)新井規矩雄 64
  旧(アマ)竹石 要佑 61
  新(プロ)藤田 寛之 61
  新(アマ)池田 勇太 64