第75回 日本海カントリークラブ

 

 

“東の大洗・西の日本海”の機縁
 

日本海カントリークラブ 東コース3番ホール

日本海カントリークラブ 東コース3番ホール

 新潟県北西部の胎内市中条町は、新潟から山形へ向かって45キロ、日本海へ注ぐ胎内川の扇状地である。その一角乙(きのと)地区では、伏流水が自噴し、標高8メートルもないのに高山植物水芭蕉が自生するという異質な土地だった。水だけではなかった。昭和30年代には、天然ガスが噴出、日立・亀戸工場など大手化学工場が進出、工業団地ができた。
 「工場誘致には、健全的な社交場が必要、ゴルフ場を」と考えたのが中条町長・熊倉信夫。候補地は中条町荒井浜。日本海の渚線まで約200メートル、杉苔とハマナスがびっしり、樹齢100年超の赤松の林立に覆われた砂丘地帯で、高低差6~20メートル、造成の土量移動僅か10万リューベ、まるでゴルフ場として造られるのを待っていたような土地だった。
 設計は、大久保昌、コース設計第1号だったという。大久保は貴重な最適地を前に、4つのタブーを心に決めた。
①シーサイド特有の海風を配慮したレイアウト②松の大木、林をハザードとして生かし、バンカーを減らす。③自然のままの砂丘の姿を生かし、損わないような造形。④砂地に客土をしないで芝生の植栽を図る。
“どこかで聞いたような言葉である。特に②である”

日本海カントリークラブ 中コース6番ホール

日本海カントリークラブ 中コース6番ホール

 それは、井上誠一が、大洗ゴルフ倶楽部の建設に当って強調している言葉だ。
大洗GCを造る時、「「松は、30年、50年経ったら大きくなって、自然のハザードになるから、余計なバンカーはつくるな」と戒めている。同じことを言っているのだ。大久保は、大洗GCを造ったときと同じような、二人に通底する設計美学・哲学で日本海CCを設計、造りあげたということか。
 後に同コースが、“東の大洗、西の日本海”と併称されるようになる理由がここにあったようだ。
 大久保昌は、終戦直後、千葉園芸専門学校(現・千葉大学園芸学部造園科)を卆業、埼玉県朝霞にあった米占領軍キャンプドレイク(現・自衛隊朝霞基地)のゴルフコースに勤めた。同じ頃井上は、米軍ジョンソン基地(現・自衛隊入間基地)の接収下にあった霞ヶ関カンツリー倶楽部の会員、職員として勤務中で、2人は米国基地勤務という仕事柄、交遊が始まったようだ。
 そこから数年後、龍ヶ崎CC建設では、大久保は用地の探査設計、工事まで、井上の下で働き技術を学んだ。開場後も大久保は、龍ヶ崎CCに残り、グリーンキーパー、コース管理技術者として働く。さらに50年後の平成に入って、大久保は、大洗GCのベント1グリーン化、武蔵CC豊岡、笹井、戸塚CC、愛知CC、南山CCでも、井上の遺作を改造している。深い機縁である。
 このように後に“東の大洗・西の日本海”と言われるには、理由があったようだ。

赤松の林立と潮騒の聞えるコース
 

日本海カントリークラブ 西コース2番ホール

日本海カントリークラブ 西コース2番ホール

 日本国は、周囲を海に囲まれた長い列島である。大久保氏によると、日本海に面する海岸線だけでも200キロだそうだ。太平洋沿岸を含めれば4000キロ以上、(沖縄、奄美を含めず)その2倍以上、その割にフェアウェイのすぐ近くで潮騒が聴こえるような海際のシーサイドコースは、意外に少ない。九州を含めても川奈ホテルゴルフ場ぐらいか。昔は海際だった大洗GCも、今は埋立て市街地化で、海岸線は200メートル先、些か遠のいている。
 「しかも渚に近く、適度に起伏があり、松林に覆われている砂丘地帯となると極めて限られる。」(大久保昌氏)そうだ。
 日本海CCの立地場所は、コース設計者大久保昌にとっても大きな発見、奇遇だったようだ。彼は、アーキテクトとしての腕が鳴る昂奮を抑えて、そこにある潮騒の聞こえる自然を生かすために力を注いだ。
 赤松の林立の中を海ぎわからのしぶきを乗せた新鮮な潮風が爽やかに吹きぬけて行くようレイアウトに気を配った。たとえば西7番(200ヤード・パー3)のようにだ。海岸線が自然の表情を最も正直に表現するための設計に苦心した。レイアウト上、自然のままの砂丘の形、表情を残すことに気を配っている。“力を抑えた”設計上の気配りが感じられる。最近このコースが、“北陸の大洗”といわれて人気が上昇している理由の1つだろう。
 設計者は、赤松の多いシーサイドの特徴を生かしながらも、徒らに高難度のコース設計を追ってはいない。それでも40年も経てば、赤松は大きく高く伸びる。テイグラウンドでは、赤松の林立に守られて無風に思えたコースでも、高く打ち上げたボールを、海風は大きく曲げたり、より高く吹き上げたりする。これは海風の難度ではなく海風のプレイアビリティである。そういう理解を抱いてラウンドすると、このコースはより深く楽しめるのである。
 ゴルフ場の設計とは「30万坪以上の広大な敷地をキャンバスに見立て、18のキャラクターのホールを造る。大掛かりな絵を描くのと同じことである。単純に土木の知識だけでは、みんなが楽しめるコースはできない。
 過去名設計者と謳われた人達は、詩人であったり、絵心があったりする。」
 ある雑誌の大久保昌評である。そういえばいつか、大久保さんが筆者に「井上さんはよく絵を描く人だったよ。」と語ったことがあった。よき弟子はよき師を知るか。【注】日本海CC設計では、井上が気遣って大久保氏に助言したという説がある。弟子筋の大久保氏の第一作を気遣ったのだろうか。
 最近、日本海CCは、日本一ともいわれる広大で美しい四季の自然美を持つボナリ高原GC(福島県猪苗代市)を経営する川島グループに参加した。両コースの間は、高速道で2時間、高原と海と、美しさも景色も違う二つのゴルフリゾートを連日で楽しむスケジュールも考えられそうだ。

所在地     新潟県胎内市荒井浜528-3
コース規模   (西)3399Y・P36(中)3521Y・P36
          (東)3502Y・P36
コースレート  西・中72.2
          西・東72.6、東・西72.0 
設計者     大久保昌
開場年月日   (西・中)昭和48年8月27日
          (東)平成10年
経営       川島グループ(株)日本海カントリー